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2005.8.14〜17

その2 大連(つづき・中山広場/老虎灘公園)

 
1905年大連が日本の統治下に入った頃、パリの広場を模した中山広場が作られ
その周囲には日本人建築家の手により次々と重厚な洋風建築が建てられて行った。
中でもヤマトホテルは満州鉄道直営のホテルで大連一の格式を誇るものだった。
また、老虎灘公園は3三方を山に囲まれた入江で古くから親しまれた景勝地である。
大連でもっとも風光明媚といわれ、若者が退治した虎が山になったといわれるゆえんである。

大連中山広場広場周囲は日本人が建てた洋風建築物が多い
右が市役所、中央が東洋拓殖
中山広場(大連市役所)伊藤博文、田中角栄も泊まったという大連ヤマトホテル
中山広場を囲む建物(横浜正金銀行)中山広場・遼寧省外貿局(旧大連警察署)
老虎灘公園老虎灘公園
老虎灘公園老虎灘公園
上野駅をデザインしたという大連駅駅前のビル群
出札口にはすべて女性職員が。瀋陽へ向かう特急
車内でくつろぐ中国少女車窓はとうもろこしなど穀物畑が続く
大連と瀋陽400キロを4時間で結ぶ大連からロシア国境までの鉄道「満州鉄道(満鉄)」は
日本が建設したもの


■メモ■
3日め、瀋陽7.30(列車)〜大連(11.28着)
大連市内観光(老虎灘公園等)
ホテル大連海景酒店(泊)
※LAN配線が各室に有り、持参パソコンが2時間50元で利用できる。


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中国その11(黄山・景徳鎮)(2004.3)
中国その10(西安・洛陽)(2001.4)
中国その9(海南島)(2001.2)
中国その7(北京1999)(1999.10)
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中国その5(上海、安寧1998)(1998.2)
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中国その1(北京・天津1986)